後悔しない生き方
まりえまりえ

こんにちは!恋愛マインドマスター尾﨑まり江です。数ある中から、このブログを見つけていただき、ありがとうございます。恋愛マインドを身につけて、人生がまるっと良くなるサポートをしております。詳しくはこちら

30年前の阪神大震災

2025年1月17日の今日で、阪神大震災から30年。

当時、神戸市垂水区の市営住宅に娘と元夫と3人で住んでいました。ドン!と突き上げるような衝撃からの大きな揺れに、ただただ恐怖でしたが、1歳半の娘はスヤスヤと寝ている強者でした(笑)

こちらの記事にも書いていますが、阪神大震災の年の6月に離婚。

父に「離婚しても家には戻ってくるな」と言われていましたが、阪神大震災をきっかけに自然と私は実家に住みつき、夫婦別居生活が始まりました。震災がなかったら、どうなっていたのかな?とふと考えることもあります。

幸い、私の身近な人の中で亡くなった方はいませんでしたが、広がる火事をテレビで一晩中見ていたのを覚えています。海側に家があった同級生の自宅はペシャンコに潰れていましたが、近くの避難所で無事を確認できました。

水やガス、電気が使えない(実家は水だけが止まりました)状況。トイレは、数回に1回まとめて流す、お風呂には毎日入れない、当たり前に使えていたものが使えない、そんな状況でも家族がいたからこそ乗り越えられた気がします。

今は一人暮らしなので、あんな状況になったら私はどうするのかな?と少し不安に感じたりもします。

母の命日

後悔しない生き方

1月17日は、母の命日でもあります。

2015年1月17日の朝、台湾旅行に出発する私と娘を車で最寄り駅まで送ってくれました。

1月20日の夜中、家に戻ると母が浴槽で亡くなっていました。

ポストにたまっていた新聞、母と友人のメールのやり取りの日付などから、1月17日の夜に亡くなったと考えられました。お酒好きの母、友達と飲んで帰ってきて、さらにワンカップの飲みさしのお酒がテーブルに置かれていました。

今年1月、女優の中山美穂さんがヒートショックで逝去されたニュースが流れましたが、母もヒートショックが原因でした。

自分も2015年5月に台湾に行く予定だったので、「またどんなとこだったか、話聞かせてね」と見送ってくれましたが、「またね」「今度ね」「明日ね」は、当たり前にやってこないことを、この時、知りました。

毎朝、目が覚めるのも、大好きな家族や友達に会えるのも、仕事ができるのも、すべては当たり前なようで当たり前ではない。

誰かと喧嘩別れしてそのままになっている、親と疎遠になっている

という方は、勇気を出して連絡してみてください。

やりたいことは今やる

今日は、とある東京の芸能事務所の方と面談でした。一昨年、モデル事務所に入ったものの、そこからなかなかオーディションを受けることができず、1年が経ち、更新せずに契約終了となりました。

それでも、芸能関係の仕事に何故か惹かれる自分がいて、年末、探していてヒットした芸能事務所の説明会を受け、本日、個人面談でした。

どんなふうになりたいのか、どんなことをしたいのか、すごく丁寧に聞いてくれて、楽しい時間でした。やりたいと思っていること、とにかく後悔しないようにしておこう。改めて、そう感じた1月17日でした。